貯金100万円以下の私が村づくり(セミリタイア生活)を始めた理由#1

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おおはらゆういち(パクチー大原)

1994年福岡県生まれ。「筋トレ仲間が欲しい」と思い、早稲田大学に入学。早稲田大学のボディビルコンテストで優勝し2016年度ミスター早稲田となる。卒業後は不動産の営業→フリーランスのトレーナーになる。現在は島根県の山奥で【筋トレ村】を作りつつセミリタイア生活を送っている。

「将来のために頑張る」への違和感。

当時私が18歳のころ

大学受験のために

1日10時間ほど勉強する日々が続いていた時に

ふと思ったことがあります。

「高校生になるとは大学受験の為に頑張る。

大学生になると就職の為に頑張る。

就職すると出世の為に頑張る。

中年くらいになると老後のために頑張る。

じゃあいったい、

いつになったら【今】を楽しめるんだ?

老後だけか?」

結局、答えを出せずに疑問をそのままにしていました。

「周りの人たちは

当たり前のように未来の為に頑張っているし、

この流れに乗っていけば問題ない。

幸せな生活を送ることができる」

と思っていたからです。

苦しんでいても頑張ろうと思ったもう一つの理由は

私が19歳のころに倒産してしまいましたが

自営業を営んでいた父親からの期待が強かったから。

「俺の息子なら大企業に行って出世する。

お前なら俺が稼いできたように金持ちになれる。

頑張れ。」

「頑張れ」

「未来の為に頑張るのが普通だ」

「年収1000万」

この言葉の後押しされ、私はサラリーマンになりました。

職業も『お金がたくさん入ってきそうな職種』にして

アパートを売る営業職に就ついたのです。

だけど、不動産の営業は、きつかった。

上司から「ぶっ殺すぞ」というパワハラを受ける日々。

営業成績が振るわない自分への失望感。

きつかったけど、

父親から期待のこもった電話が毎日のように

かかってきたので頑張りました。

「頑張れ。」「お前ならいける。」

「俺の息子なら。」「石の上にも三年。」

寄せられる期待と、

現実との苦しみによって私の精神はすり減っていき

またあの疑問が浮かぶようになりました。

「俺は何をしているんだ?

何のために生きているんだ?」

60歳で母親が死んだ

2017年の11月。

働き始めて7カ月目の時に

「母親がガンで危ない状況」との知らせが来ました。

私には「生み」と「育て」二人の母親がいて、

ガンになったのは

父親の不倫によって離婚した生みの母親。

私は父親に引き取られたので

頻繁に会っていたいたわけではありませんが、

年に1回くらいの頻度で生みの母親とは会っていました。

実際に生みの母親がいる病院に行って

先に病院にいた姉に詳しい話を聞くともう長くないらしい。

母親に会いに行くと最初の方は

私がいることもあるのか元気そうに振舞っていましたが

やはりかなりキツいらしく、

一緒にいる時間が長くなるにつれて気が緩み、

今までの人生の愚痴や不満を

こぼすようになっていました。

「なんで私がこんなことに」

「なんて苦しい人生だったんだ」

「つらいことしかなかった」

結局、病気だと知らされてから

3カ月ほどで母親は死んでしまいました。

母親が死んで気づいたこと二つがあります。

一つ目に気づいたことが

「人が死んでも世界やほかの人は

何事もなかったように動くということ」

母親は韓国在住の韓国人で、

韓国だと離婚した人間を差別的に扱う文化があるらしく

離婚した母親もその差別を受ける対象になっていました。

普通なら、離婚した人間はm離婚した人間同士で

コミュニティを築いていくのですが

母親はプライドが高いのか、世間体を気にしてか、

どのグループにも属さなかったと姉から聞かされました。

そんな世間体を気にする母親でしたが、

母親の葬儀に出席したのは私と姉二人の三人だけした。

母親が死んでもその世間は関心を抱いていない

というか、そもそも気づかれてもいなかった。

私自身でさえ二日後には日常に戻って仕事をしている。

なんだこれ。

「多分俺が死んだときもそんな感じか。」

身内が死んだり、自分が死んだら人ってもっと

長い期間悲しんでくれるもんじゃないの?

と思っていましたが、どうやら違うみたいです。

ダニエル・カーネマンの著作「ファスト&スロー」では

幸福度を調査するアンケートに記入してもらう直前に

コインを拾ってもらったAグループでは、

コインを拾ってないBグループよりも幸福度が増した

という調査結果を紹介しています。

この調査結果からわかることは

人は「自分がいま注目していること」にしか

目を向けないということです。

感情では否定したくなりますが、この研究の通りなら

実際に母親が死んだ私が

この調査のAグループに入っていた場合、

幸福度は普通よりも高くなっていたことになります。

他にを挙げるなら

「失恋の痛みは次の恋愛で忘れる」ということも

自分がいま注目している対象を

入れ替えることに当たります。

つまり、「世間から見た自分」という存在は

明日には記憶から消えてしまう

「どうでもいいニュース」と

さほど変わらないのです。

なおかつ、人が注目するのはいつも「自分」です。

集合写真で一番最初に探すのは自分の顔。

一番の悩みは自分の身なり、お金、将来のこと。

ちょっと変わった人を批判するときも

「自分だったらこんなことはしない」とやっぱり

自分に注目した結果の感想でしかないのです。

こう考えてみると

「世間は自分のことを気にしてくれていないのに

自分は世間体を気にして

生活するのは意味がないのでは?」

と思いました。

母親が死んで気づいた二つ目のことは

「死んでしまえ全てなくなること」です。

母親が死ぬと、

数か月後に母親の貯金と保険金を

私と姉二人の三人で振り分けることになりました。

私に振り込まれたのが120万円ほどだったので、

保険金を払いつつ200-300万とか貯金していたはずです。

私の口座に振り込まれた金を見て思ったことが

「なぜ死ぬ前に自分の為に使わなかったのか」

死んだ母親は韓国在住の韓国人で、

私や兄弟に会いに来るときは節約のために

韓国から日本へつなぐフェリーで来ていました。

私が大学生だったころ、生前の母親が

「飛行機に乗ってみたい」

と言っていたことを覚えています。

当時は

「俺がお金持ちになって飛行機代払ったる!」と

心内に思っていましたが、手遅れでした。

さらに、母親は宝くじが好きで

宝くじが当たった時にやりたいことや

一緒にしたいことを嬉しそうに

話してくれていましたが

結局当たらずに死んだので、

そのお金も無駄になってしまいました。

老後のため。

宝くじが当たった夢のため。

そんな未来のために、今を楽しむお金を使わないよりは

「今あるものの中で

どうやってやりたいことを実現していくか。」

「どうやって戦略を練って

未来への不安を消していくか。」

を考えたほうがいいなと思ったのです。

明るい未来を夢見て今を我慢し続けても

死んでしまえばすべてがなくなってしまうから。

メキシコの漁師の話を知る

母親が残してくれたのはお金と

【死を基点に考える】という視点でした。

将来のため、未来のため、老後のため。

未来の為に頑張っていても

「今」を楽しめていなければ、

「死ぬとき」に過去の不満が出てしまう。

「今を犠牲にして未来のために生きる

人生設計は間違っているんじゃないのか。」

「よりよく生きるためにはどうすればいいのか。」

そんなことを考えていた時に出会ったのが

以下のメキシコの漁師の話です。

とても魚釣りが好きな漁師がいました。


漁師は好きな時間に起きて、釣りをして、

子供や友達と遊んで楽しく過ごしていました。

ある日、金持ちの男が

その漁師のそばにやってきて言いました。

男:「やあ、すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの?」 

漁師:「そんなに長い時間じゃないよ」

男:「へぇ、君は魚釣りが得意なようだね。せっかくならもっと働いてみたらどうだい?」

 漁師:「自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だよ」

男:「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの?」

漁師:「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子どもと遊んで、

女房とシエスタして。 夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって…

ああ、これでもう一日終わりだね」

男:「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、きみにアドバイスしよう。いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。部下を雇ってもっと売り上げがでたらボートも買おう。そうしたら仲介人に魚を売るのはやめて自前の水産品加工工場を建てて、ビジネスを大きくする。その頃には村を出てロサンゼルス、ニューヨークへと進出していくだろう。きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ。そうすれば老後もお金ができるよ」 

漁師:「なるほど、そうなるまでにどれくらいかかるのかね?」

男:「20年、いやおそらく25年でそこまでいくね」

漁師:「へぇ、それからどうなるの?」

男:「そしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、日が高くなるまでゆっくり寝て、

日中は釣りをしたり、子どもと遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって過ごすんだ。どうだい?すばらしいだろう」

この話をまとめるとと、漁師に話しかけた男が

数十年かけて達成させようとしていた生き方(目的)は

既に漁師が数十年もかけずに

実践している生き方だったのです。

この話の教訓としては、

何のために自分は生きるのか、

仕事をするのか、頑張るのかを明確にしていないと

無駄な遠回りをしてしまうということです。

目的が「自分が好きではないをする仕事」であれば

その仕事をするしかありませんが

目的が

「田舎に住んで農作業してストレスなく暮らす」や

「南国に住んで釣りをして、文化交流を楽しむ」であれば

60代まで仕事をしてお金をためてから楽しむ

以外の手段はほかにもたくさんあるのです。

私はこのメキシコの漁師の話から気づきを得て

「これなら60まで貯蓄や資産をためなくても

やりたいこと始められるじゃん!」

と思い100万円以下の貯蓄で

現在の「今」を生きる生活を行っています。

「貯金100万円以下でセミリタイア?

不安定な生活すぎてマネできない!」

という人がいると思いますが、

本著ではセミリタイアをする上での

数ある不安を明確にして

それぞれの不安を解消していきます。

セミリタイアできるかどうかは

特別な人に与えられた特権ではなく、

知っているかどうか、

自分の不安を洗い出せるかどうかの知識ゲームです。

「やりたいことがあるけど多分やれない、、」

と深く考えずに

生きているかどうかも分からない

60歳以降の未来に期待するのではなく

「やりたいことを今すぐにやるには、

どうしていけば良いか」を本著をもとに

明確にして対策を立てていきましょう。

たったこれだけの作業をするだけで

自分のやりたいことが意外と簡単に

実現できることに気が付けます。

目的を達成するための手段は一つではありません。

人が通っていない道を

歩くことが不安なのではありません。

みんなが通っている道が安全なわけでもありません。

その道のりを明確にイメージすることが

できないから不安なのではないでしょうか?

知識次第、考え方次第で漠然とした不安は消え

自分の歩みたかった道が歩めるようになります。

本著をきっかけとして死ぬ前に、

自分の人生を歩む生活をしてもらえればと思います。

おそらく父親も

母親が死んでから1年後の2018年10月?に

父親もガンが発覚して余命1年と宣告されました。

2021年5月現在でもまだ生きていますが、

いつまで生きてるかは謎です。

いつまで生きてるか謎。という点では私も同じですが。

父親は現在の私の生き方を否定していて、

「もっと安定した職業につけ、高校の職員になれ」と

言ってきています。

仲が良くないというか、

うまくコミュニケーションをとれないので

そんな父に、この場を借りて私の「今」を生きるための

人生戦略を解説していきます。

お互い、いつ死ぬのかわからないので早めに執筆しときます。

↓続き

そもそも、なぜ僕らは働くのか、生きているのか?#2
そもそも、なぜ僕らは働くのか、生きているのか?#2
この記事は前回の記事↓の続きです。 いま何のために働いているのだろう? サラリーマン時代の私は 「今何をしているんだろう?」 「なぜこんなつらい思いをしているん.....

今回書く記事で一番重要というか、皆さんの役に立つ記事は#4#5#6なのでぜひとも一読ください。

補足

次回以降の記事でいろいろと説明していく予定ですが、

Twitterでの反応を見て詳しく説明しようと思ったツイートを載せておきます。

このツイートのもとになる本↓

↓適職を探すうえで参考になる本